厳しい練習・努力は報われている?見えない疲労と自律神経の科学

厳しい練習・努力は報われている?見えない疲労と自律神経の科学

スポーツの世界には、残酷なパラドックス(逆説)が存在します。

それは、「厳しい練習に耐えているのに、速くならない選手」がいる一方で、「休みながらも、涼しい顔で速くなる選手」がいるという現実です。

一生懸命走り込んでいるのにタイムが伸び悩んで焦っているランナーの方や、疲れた顔で帰宅する我が子を見て「あんなに頑張っているのに……」と歯がゆい思いをしている保護者の方もいるのではないでしょうか。

真面目でストイックな人ほど、「休むこと=悪」と考えてしまいがちです。

ただ、私たちの体には、筋肉痛のように感じやすいダメージの他にも、見えない疲労があります。

そして、この見えない疲労を放置して走り続けることが、記録の停滞や怪我を招く原因になり得ます。


では、同じように練習しているのに、強くなる人と伸び悩む人の違いは何なのでしょうか?

今回は、スポーツ科学の世界で注目を集めている自律神経の観点から、その謎に迫っていきます。

 

自律神経の働きとは?

自律神経とは、心拍や呼吸、消化など、私たちの意志とは無関係に体の機能を24時間調節しているシステムです。

自律神経は、活動時に優位になる交感神経(アクセル)と、リラックスや回復時に優位になる副交感神経(ブレーキ)の2つから成り立っています。

激しいトレーニング中、体は強いストレス状態にあり、交感神経のアクセルが強く踏まれています。

練習後に適切な栄養を摂り、良質な睡眠をとることで副交感神経のブレーキが働き、体はダメージから回復します。

しかし、厳しい練習に加え、精神的なプレッシャーや学業など、日常的なストレスが重なると、リラックスを司る副交感神経が働く時間が十分にとれなくなってしまいます。

この場合、本人は休んでいるつもりでも、自律神経から見ると休めていないことが起こり得るのです。

 

同じ練習をしても強くなる選手とならない選手

「同じように練習しているのに、強くなる人と伸び悩む人」について、ユヴァスキュラ大学(フィンランド)のOlli-Pekka Nuuttila博士らの研究チームは、24名のランナーを分析対象として、興味深い実験結果を発表しています。

実験では、ランナーに2週間にわたって「普段より80%も負荷の高い」ハードなトレーニングを課し、その直後に「普段より40%負荷を落とした」回復期間を設け、その間の自律神経の反応を追跡しています。

さらに、実験期間中に3000mのタイムトライアルを何度か実施し、走力がどう変化したかを検証しました。


実際のスポーツ現場でもよく見られるように、この実験でも厳しい練習を積んで速くなったランナーがいる一方で、逆に遅くなってしまったランナーが存在しました。

研究チームは、この個人差がなぜ生まれるのかを調べるため、睡眠時の自律神経の回復状態を示すANS Charge(自律神経ステータス)という指標に着目しました。

ANS Charge(自律神経ステータス)という指標に着目しました。

その結果、ハードなトレーニング期間中にANS Chargeが低く、自律神経の観点から回復が不十分と評価されたランナーほど、パフォーマンスの向上が見られない(タイムが伸びない、あるいは悪化している)ことが明らかになったのです。

 

睡眠時の自律神経回復(ANS Charge)と3000mタイム変化との関係Nuuttilaらの研究より引用)
縦軸(ANS Charge): 上に行くほど、睡眠中の自律神経が良好に回復していることを示します。
横軸(タイムの変化): 左に行く(マイナスになる)ほど、タイムが大きく短縮(向上)したことを意味します。
点が全体的に「右肩下がり」に分布しているのは、「ハードな練習期間中であっても自律神経がしっかり回復していたランナーほど、その後のタイムが大きく伸びた」という結果を示しています。


つまり、厳しいメニューを実施したという表面的な事実以上に、自律神経が回復できているかという体の内側こそが、努力が結果に結びつく鍵を握っているということです。

 

「分かりやすさ」と「科学的実証」を両立させたANS Charge

先ほどの研究で、努力が結果に結びつく鍵として登場したANS Charge。これは一体どのような指標なのでしょうか?

これまで、自律神経の状態を測る指標としてスポーツ科学の世界で重宝されてきたのが心拍変動(HRV)です。リラックスしている時は心拍の間隔に「ゆらぎ」が生まれ、ストレス状態だと一定のリズムになる性質を利用して、体の回復度を見抜くという画期的なものでした。

しかし、これを一般のランナーが活用しようとすると、大きな壁にぶつかります。

HRVの数値自体には極めて大きな個人差があり、例えば「50を下回ったから疲労している」といった共通の基準を作れないのです。

そのため、研究者ならともかく、多くの方が日々のデータから「今日の自分の状態」を正しく読み解くのは至難の業でした。

この複雑なHRVのデータを、誰にでも直感的に使える指標へと変換したのが、Polarのデバイスに搭載されているANS Chargeです。

ANS Chargeは、HRVに加え、心拍数、呼吸数という自律神経に関わるデータを総合的に分析し、その人の過去のデータ(ベースライン)と比較することで、「-10.0から+10.0」というスコアで可視化してくれます。

参照:自律神経 | ANSチャージとは?

 

もちろん、ANS Charge以外にも、こういった「分かりやすさ」をウリにしたものは数多く存在します。

ただ、これらの多くは、その数値が本当に役に立つのか、言い換えると「分かりやすさ」を建前に「正しさ」に疑念を抱くものが少なくありません。

ANS Chargeの特筆すべき点は、「そのスコアが実際のトレーニング効果の個人差を説明しうる」と科学的に実証されている点です。

そう、専門知識がなくても、裏付けを持った指標として活用できるのです。

ANSチャージが測れるおすすめデバイス

 

客観的なデータに基づくトレーニング

スポーツで高いパフォーマンスを発揮する上で、根性は大切な要素です。

しかし、ただ無闇に限界まで追い込めば良いというものではありません。

いざという場面でその根性を最大限に発揮するためにも、休むべき時にはしっかり休むという戦略が必要です。


「今日は体が重いけれど、サボりだと思われるかもしれないから走ろう」と無理をする前に、客観的なANS Chargeの数値を確認する。

もしもマイナスに大きく傾いているなら、強度を落としたり、思い切って休養をとってみたりする。

保護者や指導者の方々も自分の主観のみならず、「データがこう出ているから、今日はしっかり休みなさい」と客観的な根拠を持ってサポートすることができます。

ANS Chargeで見えない疲労を可視化し、それに基づいてトレーニングと休養のバランスを最適化していく。

このアプローチこそが、正しい努力へと導く最短のルートになるはずです。


この記事は、「Nuuttila, O. P., Schäfer Olstad, D., Martinmäki, K., Uusitalo, A., & Kyröläinen, H. (2025). Monitoring Sleep and Nightly Recovery with Wrist-Worn Wearables: Links to Training Load and Performance Adaptations. Sensors, 25(2), 533. https://doi.org/10.3390/s25020533」をもとに作成したもので(筆者の個人的見解も含まれます)、CC BY 4.0 で使用されています。

 

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この記事の著者

髙山史徳
博士(体育科学)/学術職、研究職、ストレングス&コンディショニングコーチ、ライター、コラムニスト髙山史徳日本学術振興会特別研究員や企業研究員として従事し、ランナーを対象とした研究論文を数多く発表。その後、研究活動に加え、S&Cコーチとして、筋力トレーニングや主観・客観データを用いたハイパフォーマンスサポートに携わる。コラムニスト・ライターとして、エビデンスに基づいた知見を現場レベルへ落とし込み、既存の常識に新たな視座を投げかける活動も展開。現在は株式会社ユーフォリアのデータソリューション事業に学術担当として所属し、臨床試験の企画立案業務に従事。博士(体育科学)、CSCS 30代独身。やさしい人が好き。