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持久系スポーツが強いノルウェーのコーチたちは何を語る?その②
人口が550万人ほどでありながら、持久系スポーツの世界で屈指の実力を誇るノルウェー。以前のnoteでは、ノルウェーの持久系スポーツのトップコーチたちへのインタビューをもとにした論文をもとに、セッションレベルでの考え方を紹介しました。より具体的には、ダブルスレショルドをはじめとする閾値トレーニングの考え方や、オールアウトを避けるアプローチなどを、コーチたちの証言をもとにまとめました。 持久系スポーツが強いノルウェーのコーチたちは何を語る? 今回取り上げる論文は、同じ研究グループによるものですが、焦点がまた異なります。扱っているのは、週間、月間、年間といった、より上位のトレーニング構造です。そう、全体像を詳細に描いているのが今回の論文です。 研究では前回と同様、ノルウェーの持久系スポーツ全体から12名のトップコーチを対象に、質問票、過去の練習日誌との照合、個別インタビュー、著者とコーチによるレビュー、という4段階の手順で共通項を抽出しています。対象となった競技は、ランニング、クロスカントリースキー、バイアスロン、スイミング、ローイング、ロードサイクリング、スピードスケート、トライアスロンの8種目です。論文では、年間計画、高地キャンプの活用、週の基本方針、強度分布、高強度セッションの考え方なども触れられていますが、このnoteでは、「競技特有の違い」と「質とは何か?」に焦点を当てて見ていきます。 まずは「競技特有の違い」についてです。様々な競技のコーチへのインタビューを通じて、競技の距離、力学的・筋負荷の特性、レーススケジュール、練習環境といった要因によって、競技ごとに明確な違いがあることが明らかになっています。 ノルウェーのトップコーチが説明した(a) 年間トレーニング時間とセッション数、(b) トレーニング形態ごとの時間配分、(c) 強度ゾーン別の時間配分、(d) 運動モダリティ(種目)の内訳、 (e)(f) 持久系オリンピック競技における高強度セッションの量とその種類。 ランニングはその典型で、年間600〜700時間という比較的少ない総量は、荷重運動による筋骨格系の負担が上限を決めるためです。また、トレッドミルや未舗装路を多用し、怪我のリスクを減らす工夫がされています。 スイミングはほとんどすべてのセッションがインターバル形式で行われ、持続的に泳ぐセッションは意外なほど少ない点が特徴です。特にプール環境での練習であるため、インターバルを挟みながら心肺負荷と技術負荷を同時に管理しやすい構造になっています。 ロードサイクリングでは、レースそのものが高強度の役割を果たし、年間50〜70日に及ぶレーススケジュールが強度配置を決めてしまいます。 スピードスケートでは、姿勢を維持することで生じる局所的な筋負荷が非常に大きく、氷上練習が年間150〜200時間に限られるため、不足分を自転車トレーニングで補うのが一般的です。 ローイングでは、上半身や体幹への高い筋力的な要求があり、冬季にはランやスキーを取り入れならが、心拍数を合わせつつ疲労を分散させる工夫も見られます。 これらの特徴で挙げられる理由は、必ずしも科学的に証明されているわけではないものの、適切に最適化されています。各競技で何が可能で、何が限界かを捉え、その範囲で無理なく負荷を獲得していくという姿勢が感じられます。 続いて「質とは何か?」についてです。以前も触れましたが、質は強度の高さを意味しません。狙った通りにセッションを遂行できたかどうかが、質の中心的な評価軸になります。今回の論文では、その中でも、「セッションの最適化」「負荷と回復のバランス管理」「主要大会に向けた準備状態の維持」の3つからなるものとして説明しています。ここには、「今日追い込めたか」という短期的な達成感よりも、長期的な適応をどれだけ積み重ねられるかを重視する視点があります。その視点を実現するために、コントロールされた中強度ゾーンを比較的好んで選び、必要な刺激を的確に身体にかけ続けるように工夫しています。さらに、主観的観察と客観的測定の統合というテーマも、この論文では丁寧に扱われています。外的な負荷(スピード、タイムなど)や内的な負荷(心拍、乳酸など)の客観的データを参照しながらも、それらを選手の感覚や技術的な観察と照らし合わせ、日々の対話を通じてその日の強度を細かく調整していきます。意思決定はデータだけでも、感覚だけでもありません。両者を組み合わせることで初めて適切な刺激が見えてくるという姿勢が強調されています。このプロセスは、単なるモニタリングを超えた意味を持ちます。コーチと選手のコミュニケーションそのものが学習の場となり、セッション後の振り返りが、次のセッションをより洗練させる役割を果たします。 論文では、この繰り返されるプロセスが選手の自律性を高め、コーチの理解を深め、長期的な成長につながると指摘されていました。一方で、論文の著者らはこの実践を踏まえたうえで、「意思決定に用いる情報は信頼性と妥当性を確認しつつ、必要なデータに絞るべきである」と述べています。これはコーチたちの直接の発言ではなく、論文の著者らの解釈ですが、データを集めすぎることで判断が曖昧になり、ノイズが本当に重要な信号を覆い隠してしまう可能性があるという指摘は、情報があふれる現代において象徴的なメッセージだと感じます。...
厳しい練習・努力は報われている?見えない疲労と自律神経の科学
スポーツの世界には、残酷なパラドックス(逆説)が存在します。 それは、「厳しい練習に耐えているのに、速くならない選手」がいる一方で、「休みながらも、涼しい顔で速くなる選手」がいるという現実です。 一生懸命走り込んでいるのにタイムが伸び悩んで焦っているランナーの方や、疲れた顔で帰宅する我が子を見て「あんなに頑張っているのに……」と歯がゆい思いをしている保護者の方もいるのではないでしょうか。 真面目でストイックな人ほど、「休むこと=悪」と考えてしまいがちです。 ただ、私たちの体には、筋肉痛のように感じやすいダメージの他にも、見えない疲労があります。 そして、この見えない疲労を放置して走り続けることが、記録の停滞や怪我を招く原因になり得ます。 では、同じように練習しているのに、強くなる人と伸び悩む人の違いは何なのでしょうか? 今回は、スポーツ科学の世界で注目を集めている自律神経の観点から、その謎に迫っていきます。 自律神経の働きとは? 自律神経とは、心拍や呼吸、消化など、私たちの意志とは無関係に体の機能を24時間調節しているシステムです。 自律神経は、活動時に優位になる交感神経(アクセル)と、リラックスや回復時に優位になる副交感神経(ブレーキ)の2つから成り立っています。 激しいトレーニング中、体は強いストレス状態にあり、交感神経のアクセルが強く踏まれています。 練習後に適切な栄養を摂り、良質な睡眠をとることで副交感神経のブレーキが働き、体はダメージから回復します。 しかし、厳しい練習に加え、精神的なプレッシャーや学業など、日常的なストレスが重なると、リラックスを司る副交感神経が働く時間が十分にとれなくなってしまいます。 この場合、本人は休んでいるつもりでも、自律神経から見ると休めていないことが起こり得るのです。 同じ練習をしても強くなる選手とならない選手 「同じように練習しているのに、強くなる人と伸び悩む人」について、ユヴァスキュラ大学(フィンランド)のOlli-Pekka Nuuttila博士らの研究チームは、24名のランナーを分析対象として、興味深い実験結果を発表しています。...
持久系スポーツが強いノルウェーのコーチたちは何を語る?
ノルウェーは人口がわずか540万人ほどの小国ですが、持久系スポーツの世界では屈指の実力を誇っています。クロスカントリースキー、バイアスロン、スピードスケート、ローイング、ロードサイクリング、スイミング、トライアスロン、そして陸上競技長距離と、多くの競技で国際大会の表彰台を賑わせてきました。具体的な選手名を挙げれば、クロスカントリースキーのヨハネス・ホスフロット・クレボ、バイアスロンのヨハンネス・ティングネス・ベー、トライアスロンのグスタフ・イデンとクリスティアン・ブルンメンフェルト、陸上のヤコブ・インゲブリクトセン。彼らは、いまや競技を象徴する存在です。そんなノルウェーが作り上げたトレーニング方法は、他の欧米諸国の選手にも大きな影響を与えています。 昨年発表された研究では、ノルウェーのトップコーチ12名を対象に詳細な聞き取り調査を行い、その強さの秘訣に迫っています。対象となったコーチは、総計370個以上の五輪・世界・欧州選手権メダル獲得に関与してきた一流の指導者たちです。彼らがかなり細かい部分まで答えている点に、ノルウェーの持久系スポーツ界が科学を重視している姿勢を感じます。ここでは陸上競技長距離にフォーカスをあてながらも、競技種目を超えて共通する普遍的な部分にも触れていきます。 陸上長距離では、年間の練習量はおおむね600〜700時間、セッション数は550〜625回程度。ロードサイクリング(1000〜1200時間)やトライアスロン(1200〜1400時間)など、他の競技に比べると短く、荷重運動であるランニングの特性を踏まえた結果といえます。 話が逸れますが、他の競技に比べて、年間のトレーニング量が少ないという背景も踏まえ、長距離ランナーは専業でなくても、成功できると私は考えています。 長距離ランナーの成功には「専業」か、それとも「兼業」か 話を戻します。ノルウェーでは、強度の捉え方が競技を横断して共通となっており、ゾーン1(Z1)〜ゾーン6(Z6)の6段階を、心拍数(%最大心拍数)、酸素摂取量(%最大酸素摂取量)、血中乳酸濃度、主観的運動強度(RPE)をもとに定義します。現場ではこれらを総合的に判断してセッションの狙い(Time in Zone法ではなく、Session Goal法に近い考え)に落とし込み、競技種目が違っても比較可能にしています。※強度についてはこちらの記事もご参照 持久系トレーニングの強度配分を分析するハウトゥーとエッセンス 強度についてもう少し整理しておくと、Z1とZ2は低強度(LIT)、Z3が中強度(MIT)、Z4〜Z6が高強度(HIT)です。3段階(Z1~Z3)で見た場合、Z2は中強度に相当しますが、6段階でみるとZ3が中強度です。 強度配分は競技を問わず似通っています。低強度がセッションの大部分を占め、中強度が次に多く、高強度が少ない。中でもここ最近のトレンドとなっているのが、中強度の「ダブルスレショルド」です。週に2回、午前と午後の二部練で血中乳酸2〜4.5 mmol/Lを狙ったセッションを行い、特にインターバル形式で取り入れることで、同じ乳酸帯の持続走と比べ、より速いスピードをこなしながらも、高強度特有の過度な疲労を避ける利点があると考えられています。「ダブルスレショルド」は元ノルウェー5000m記録保持者のマリウス・バッケンが発案したと認識されていて、本研究の対象コーチの過半数や欧米の多くのエリートコーチが採用しており、持久系スポーツのトレーニングにおける新しい特徴と位置づけられています。※「ダブルスレショルド」によるアプローチは、革新的というよりも、過去100年の陸上競技のトレーニング史を踏まえつつアップデートされたもの、と私は考えています。詳しくは、マリウス・バッケンも著者に名を連ねている下記論文をご参照ください。Casado, A., Foster, C., Bakken, M., & Tjelta,...